新説前者後者論人はみな後者だったあるいは前者後者が教えてくれたこと

ども、こんにちは。

一時期、心屋方面では、前者後者が大ブームを巻き起こしました。

まだまだくすぶっている感はあるようですが。

前者後者がわからない人は、心屋仁之助さんのブログで、

永久保存版全体概要前者後者は世界を救う前者後者ってなんだ

を読んでね。

でね、最初は自分のことを前者だと思っていました。

だって、

マルチタスクOK!

真っ白思考停止にならない!

空気読めます!

でも、でも、

なんかこうしっくり来ない。

にわかに浮上した自分は後者じゃないか疑惑。

で、自分は後者だってことにする。

後者だ。

後者だ。

後者だ。

あら不思議!気持ちがなんかこう、ラクになりました。

ラクだ。あ〜ラクチン。

そこでふと思ったんだけど、

子どものころはみんな前者だったんじゃないかと。

だってさ、子どもって空気は読めないわ、

天然だわ、癒し系だわ、言葉をストレートに受けるし、

好きなことへの集中力はすごいし。

もちろん、子どもの頃から

私は周りに気を遣って生きてたよー、空気読んでたよー!

って異論はあるでしょうね。

心屋さんのブログにも

前者は、子どもの頃から前者、後者は、子どもの頃から後者なのです。

ってあったし。

じゃ、もうちょっと遡って、赤ちゃんの頃ってどうだっただろう。

たとえば、

大人がどんな状況にあっても

たとえ夫婦げんかしてても、

ラブラブな時でも、

トイレに行きたくても、

風邪ひいて具合悪くて横になっていたくても、

赤ちゃんは、

おなかすいたらおっぱいー!って泣く。

おしっこしたらおむつ替えてー!って泣く。

なんかあれば泣く。

とりあえず泣いて用件を押しつけてくる。

空気読めません。

とはいえ、ありのままで、そこにいるだけで、

ニコッとしただけで、癒されます。

興味あることには、激しく集中します。

すぐ飽きるけど

ってことで、

人はみなやっぱり後者だったと思うわけです。

だから、前者を自覚している人は、

成長するにしたがって前者アプリをバージョンアップしていって

現在に至るってことじゃないかな。

優れた前者アプリを積んでいるってことです。

培われた才能です。素晴らしい。

後者の人は、

あるがままってことじゃないかな。

赤ちゃんの頃から。

成長してないってことじゃん、とかつっこまない!

あるがままって素晴らしい。

持って生まれた才能ですよ。

自分は前者だから嫌という人もいれば、

後者だから嫌という人もいるでしょう。

自分の場合は、前者だと思ってたけど、

後者でいいやって考えたら、ラクになれるた。

要はあることを見つめたラクになっただけ。

ないことを見つめると苦しくなってしまう。

私にとって前者後者はそれを教えてくれたんだなぁと思うのです。

最後に心屋さんのブログの一文を勝手に引用させていただきます。

自分を全肯定するための、前者後者というツールなのです。

ありがたやありがたや。