第1593回モチベーション30その1320ルール2

前回より続く

20ルール2

2002年、大学を出たばかりのオーストラリアの二人の若者が、借金して、ソフトウェア会社を立ち上げた。

本書では実名、会社名が示されています

現在、年商3、500万ドル約33億円を上げ、シドニーアムステルダム、サンフランシスコのオフィスに、およそ200人の従業員を抱えるまでになった。

成功を収めた企業が停滞する様子を目の当たりにしてきた彼らは、同じ運命をたどりたくないと考えていた。

そこで、従業員の間にさらにクリエイティビティを生み出し、プログラマーたちが仕事を楽しめるように、通常業務と無関係でも何か解決したい問題があれば、一日中自発的に取り組んでもよい、という日を設けた。

その日、新製品のアイデアがいくつも生まれ、既存製品に大量の修理を施し、不具合なども直すことができた。

そこで、この制度を、自社の企業文化に導入することに決めた。

その後、3月一度、エンジニアたちがソフトウェアのことならどんな問題にでも取り組める風変わりな日を設けることとした。

このときだけは、日常業務から抜け出すために、必ず通常業務とは関係のない問題にあたらなくてはならない。

この話には続きがある。

は、この時間では足りないと感じていた。そこで、2008年の春、開発者に今後半年間、勤務時間の20を自分のやりたいプロジェクトにあててよい、と発表した。

20ルール制度により、製品の刷新、機能開発、プラグイン、修理または機能の付加など、自分が一番重要だと思う仕事に、自分の思いどおりの方法であてられる充実した時間を、エンジニアが取り戻すことを望んだ上での、決定であった。

試行期間は1年に及んだが、期間内に開発者は48もの新規プロジェクトに着手した。

2009年、この自律的な時間制度を常時導入することにした。しかし、社内で反対がなかったわけではない。70人のエンジニアが半年間にわたり20の時間を費やすと。100万ドルの投資に相当する。中間管理職の中にも、部下に対する自分たちの監督権を少なからず譲り渡すことになると、不満を示す者もいた。

だが、は決行したのである。

は、反対者には、これまでに達成した成果を連ねたリストを見せて、説得している。

エンジニア部門では、離職率はゼロだ。高い意欲を持ったエンジニア集団へと成長している。

本文、了。次回は解体あとがき

20171229記