今年が終わります。母親である私について。

今年、12月3日に50歳になりました。

年齢は記号よ。

バースディプレゼントに頂いた、生木のリース。

美塾九州に置いていたら、ドアを開ける度に、森林浴〜

年末、枯れてグリーンがグレーに変化していますが、

冬の木枯らしの色って感じです。

リース和。

洋の東西を問わず、人とのつながりは

生きていく上で大切。

リースは

始まりも終わりも同じ。

常に循環している。

終わりがないから、永遠を意味するそうです。

昨年末、一人暮らしをしていた息子が

私の部屋に戻ってきてから、早1年。

18歳で家を出てから、

5年余りの一人暮らしが上手くいかず、

もう一度、私と住んでいます。

息子に常に伝えようとしているのは、

途中で終わりにしない。

挨拶をすること。

始まりがあれば終わりがある。

おはようと起きたら、おやすみといって寝る。

頂きますと食べ始めたら、ご馳走様と食べ終える。

使ったら戻す。

行ってきます、お帰りなさい。

付けたら消す。

汚したらキレイにする。

借りたら返す。

毎日、毎日、

伝えようとしているのは、

元に戻す!習慣。

それだけ。

毎日、毎日。

口を酸っぱくではなく、

言い方だってあります。

本人が受け取れるタイミングを見ながら。

ふ〜。。親って大変ね。笑

大人になると、もう周りは注意してくれません。

私が使用しているオフィスでも、

常に思うのです。

椅子を使ったら、元の位置に戻す。

ホワイトボードに書いたら消す。

ドアを開けたら、閉める。

テーブルを汚したら拭く。

元に戻す!と書くのは簡単だけど、

これができる大人が少ない。

生きていく上で、一番大切な日の習慣は

整理整頓。

清潔に。

片付けする。

これが出来ないと、

物も心も、

汚れが溜まる一方。

心の汚れ。

身体、腸、細胞、血の汚れ。

身の回り。

服を着たら片付ける。

洗濯をしたら干す。

干したら、たたむ。

台所のゴミを残さない。

常にキレイにするって、

労力が必要なんですよね〜。

私は、スッキリしているのが好きなので、

片付け好き。

息子が小さい頃から、

ずっとずっと働いているので、

息子が学ぶ機会を

奪っていたんだな〜。

子育ては待つ仕事。

私にとっては忍耐の訓練。

そして、自分とは違う、一人の尊厳ある人間。

価値感も生き方も生活も違う。

子供だからって押しつけも出来ない。

もはやそんな年齢でもない。今、24歳。

人と共同生活をするって、

自分が成長させられます。

よく考えると、

私は、生まれてから50歳になるまで、

一人暮らしをしたことがないんです。

24歳までは実家。

24歳で結婚。

25歳で出産。夫と息子がいる。

30歳で離婚。息子がいる。

18歳で息子は出て行ったけど、

パートナー君が入りびたり。

昨年、息子が戻ってきた。

来年は、一人暮らし目指そうっと。

息子とまた一緒に暮らし始め、

やっとやっとやっとやっと、

息子の心は平和になりました。

18歳で一人になってからの5年間。

プライバシーがあるので、

詳細は書けませんが、

とてもとても大変でした。

私は、普段、メイク講師をさせて頂いています。

自分のプライベートなことを

ブログに書くことも、話すことも

ほとんどありません。

家族、子供、ペットなど、プライベートを

ブランディングのネタにする人も

沢山いますね。

それもいいと思います。

人柄が伝わってきます。

私が息子のことを話すって

めったにないな〜。

やっとやっと、

私のこれまでの子育ての体験が

お役に立てるのかもと

思い始めています。

いや、やっと、心穏やかに話せるようになったんです。

渦中の時は、パトカーや救急車の音を聞くだけで、

吐きそうになってたもん。

子育てほど、自分が育てられることは、

私にはありません。

仕事よりも何よりも、

一番、心臓に悪いです。笑

母親業を卒業しようと、何度も試みたけど。

一番近い、母親だからこそ、伝えられることは

伝えたいとも思います。

私より未来を生きる息子に

今、生きていてよかったと、

安心できる心の拠り所を感じてもらいたい。

それが、今、私に出来る

一番大切なこと。

様な、社会貢献、

地球環境問題への取り組み、

平和運動、被災地支援等がありますね。

南の国に植林にいったり、

遠くのムラに学校を作ったり。

出来る人は、お願いします。

私は、目の前の大切な人の心に平和の灯が

ほんわかと燃え続けるための

努力をしてきました。

なぜなら。

目の前の大切な息子は、

自分を大切に出来なくなってしまったからです。

詳細は書けませんが、

6年前、18歳で家を出て行った息子は、

5年余りで、廃人のようになってしまいました。

天真爛漫で、ニコニコと

モノマネを真似ていた小さい頃の笑顔は

鬼のような形相に変化し、

身体中がボロボロ。

とっても純朴な心の持ち主が息子の本質。

社会で生きていく上での武器を

まだ身に着けていないまま、

料理人になる夢を持ち、バイト先のレストランから

紹介された小さなアパート暮らしをスタート。

そこから始まり、出来事は省略します

どんどん劣悪な環境へ。

自分への自信など持てるはずもなく、

純朴な性格ゆえに、

大人社会に都合よく扱われていく。

転職を繰り返し、クラブへ。

女の子たちの世話、

お酒を無理強いして飲まされ

帰ってくるのがわかります。

自分のお給料は飲み代に消え、

生活費は常になく、

まともな食事ができていない。

台所に倒れていたり、

自分の身支度を整える余力もなくなり、

部屋は荒れ放題。

だからといって、

仕事に親が介入できない。

追いかけると失踪する。

お酒を飲み続ける毎日。

私は、日本という国が警察や救急車が

無料で利用できることに

助けられました。

この数年の出来事を書くと、

よくぞ死ななかったねと思います。

本人の生命力と家族、

助けてくれた方、

ご先祖様に感謝あるのみ。

何度も死にかけたけど、

その度に

そんなに生きたいんだ!と感じ、

本心とは裏返しになってしまう

行動パターンから脱出できるよう、

かけずりまわりました。

母親だからしなきゃいけない理由はないし、

手放せと何度も言われました。

それも理解できます。頭では。

でもね、目の前で

死のうとする人間を放置はできなかった。

本当に、本当に、

心の底からの叫びを感じる時に、

思考で、こうしたほうがいいとは、

思えないのです。

咄嗟に自分の身を挺してでも、

護りたくなるのは

未来を生きる子供だから。

手放せという大人が

もし飛び降りようとしたら、

私は、無視するかもしれません。

私より、年上で、頑固で、

自分の考えの上に行動しているのですから。

でも、他者からの支配やコンロトールで、

自分を見失っている人を見殺しには出来ない。

本人の意思ではなくなっているから。

今、息子にはいつも言ってます。

安心できる人に出会ってねと。

若い世代が、大切に育まれる機会に恵まれず、

お金のために、経営のために、

健康も生活も奪われながら働いている現状を

自分の家族で目の当たりにしました。

貧困や搾取は、

決して遠くの国のことではなく、

ほんの目の前にあります。

どんな人生であっても、

自分で選んでいると

その人任せにするのは簡単です。

人が人として、成長していくために、

とても複雑で難しい社会になっていますが、

いつの時代も、若者にとっては厳しい。

そんなの、本人のせいでしょ?という人。

若くて、体力があり、

真面目だからこそ、

頑張り過ぎて、

それでも頑張り続け、

身体がおかしくなり、

結果、精神も病んでいく。

社会のせいにして終わるのも嫌。

一人の母親として、

一人の息子が、

元に戻るのに、

心臓が何度も飛び出すような思いでした。

様な生きづらさを抱えた結果、

引きこもり、

うつ

自傷行為

暴力

自由を奪われた息子に面会した時、

彼は悪くないと本気で思いました。

だって優しい子だと私は知っているから。

彼はじーっと耐えていたんです。

こんなに優しい子を

ゴミのように扱ったのは誰?

それは自分でしょ?とも言えますが、

自分への尊厳を無くすしかなかった生活。

その鬼を心から追い出し、

優しさを取り戻すには、

周りの優しさが必要。

心の暗闇の中に入ってしまったら、

何も信用できなくなるんです。

どんなに適切なアドバイス

優しい言葉であっても、

全てがその人にとっては

自分に向けられるヤリ。

病人ではないから、

病人扱いはしないように、

でも、腫物に触るような感覚でした。

地球環境、

地球を守ることももちろん大切。

でも

平和を守るには、

目の前の人の心に、平和の灯が灯り続けるよう、

日の生活の中で、小さな喜びや

安心感を感じれられる環境が必要なのです。

そのために、自分の心や身体、お金、労力を

差し伸べている、目に見えない人たちが

沢山いると思うのです。

私は、大げさなイベントや

わざわざ遠くに行かなくても、

毎日、毎日、自分の足元に火を灯している人に

休憩を与えてあげたいと思います。

息子が小学生の頃、

私は会社員で管理職。

仕事で忙しい私が残業で遅くなった時、

息子とPHSで連絡が取れず

心配しまくって帰宅したことがありました。

普段、話をしない

マンションの隣のおばあちゃんが

息子を家にあげ、

ご飯を食べさせてくれていました。

引っ越しする時に、

その方が、私に封筒を下さったのです。

中に3000円が入っていました。

おばあちゃんは年金暮らしだから、

きっとその時に出来る最大限のお金。

私は、今でも、

その封筒を取っています。

つらい時、

苦しい時、

3000円に詰まった思いが、

私を支えてくれました

数億円?

みんなで集めたお金を被災地に?

海外に?

出来る人はぜひやって下さい。

沢山のお金を寄付すると、

沢山の徳が積める?

いいえ、そんなことはありません。

お金の大小ではなく、

どれだけ、

気持ちがこもっているかなんです。

3000円がどれだけ人生を支えてくれるか、

私は身をもって体験しました。

あのおばあちゃんが

私と息子を支えてくれました。

父と周りの人も。

だから、今、私の命をかけて、

息子を守っています。

最後まで自分を大切に生きてしてほしいと祈るのみ。

無事にまた新しいお正月が迎えられること。

ほんっとに感謝あるのみです。

私は私を心穏やかに。

希望を持ち続ける自分でいる。

それが、今、出来ること。

大規模でも、大した影響力もなく、

たった一人の人を幸せに。

それでいい。

地球を元に戻すために、

一人ひとりの人間が

自分の本来の美しさ、

身体感覚を取り戻すのです。

昨夜、アメリカでビジネスをしている

古い友人と、久しぶりに話し、

私と同じ違和感を感じていると言われました。

友人は、

育児も家事も親の看取りも

仕事もすべてやってきた。

子供は結婚し、家を出た。

仕事は忙しいし、

社員もいるし、

お金の工面もできる。

大規模な開発や億単位の仕事、

成功者たちを沢山知っている友人。

生きる上で、

最後に大切だと感じることに

着手したいと。。

友人は早朝、私は深夜。

携帯電話の向こうには、

昔と変わらない一人の女性がいるだけ。

どんなに成功しても、

偉くもなんともないよって。

お互いに、年を取ったねと

笑いあえる友人。

同じ団地の同じ階に住んでいた頃、

お互いの息子が小さくて、

バタバタと走り回っていたあの頃は

幸せだったね〜。

その時は、幸せを感じる暇もなく、

生活に追われるだけだったけど。

使命やミッション?

そんなものあってもなくても

幸せに関係ありません。

世界規模や大きな社会貢献でなくてもいい。

一番小さな単位。

一人から、始めようって。

電話を切りました。

古い友人との会話で、

自分の原点を思い起こさせてもらいました。

グルグルと巡り合っていて、

どこにいても、いつでも、

繋がる人と繋がっていく不思議。

これまで出会った方とのご縁に

ほんっとに感謝します。

さあ、2017年が終わり。

新しい年を迎えます。

今年も大変お世話になりました。

ブログをご覧の皆様も、

どうぞ良い年末年始をお過ごしください。

ありがとうございました。

年末なので、珍しく私の母親業について

書いてみました。

延佐智子